終点

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閉められた外鍵

大学の同級生の結婚式に出席してきた。

そいつとは在学中に一緒に深夜まで麻雀をしたり、学食で大声でアニメの感想を言い合ったり、エロ絵師の版画展に行って買いもしないのに版画の値段を聞きまくったり、よく一緒に遊んでもらった思い出がある。

卒業後はほとんど連絡を取ってなかったから、式に招待を貰えたことがまず嬉しかったし、同じく招待された同期に会えるのも凄く楽しみだった。

荘厳なチャペルで開かれた式は本当に感動的で、素直に新郎の幸せを心から願ってる自分がいた。

でもそいつも同期も、皆揃って番いを見つけて、家庭を一つ背負えるほどの成熟したメンタリティを既に身に付けてた。

いつの間にかライフステージの高い段まで登っていった彼らとの人生経験の厚みの差が、披露宴会場の丸テーブルの上にニュイ〜ン…と可視化される形で表示されたような気がした。

そしてスクリーンには新郎新婦の過去の思い出の写真とか、お世話になった人への感謝の言葉だとか、今日の式のダイジェストムービーだとかが流れ始める。

俺にはそれが正解発表のVTRにしか見えなかった。

周りにいる人間はみんな正解のマークが書いてある部屋に入ってるのに、不正解の部屋でのうのうと寝そべってるのは俺だけで、

どんなに自分の生き方に自信を持とうとしても、こっちのドアを開けてしまった不安感と、今更足掻いてどうにもならない無力感から逃れられない。

でもそうなったのも全部自分の選択が招いた結果なので、後悔という二文字が頭の中に浮かんでくる前に思考をシャットダウンしてなんとか生活をしている。

始まったのなら貫くのみって、こういうこと?